留学生だより

松木亜希 パート2(2008年4月)

 
パート1(2008年3月)  パート3(2008年5月)

 

3月30日からオランダはサマータイムになりました。日本は桜の開花も進みあったかくなってき たと伺っています。 こちらは相変わらず寒いですが、先月に比べると明るい時間が増えました。というのはこちらの 冬は、恐ろしく日中が短いのです。外が明るくなるのは10時頃、日が落ちるのは16時頃。空は雲 に覆われ太陽は顔を見せません。最近はやっと風が雲を飛ばしてくれ、時折青空を仰げるように なりました。澄んだ青色をみると気持ちもすっきりしますね。 前回のお便りで留学を決意したところまでお話しました。


今回はその後、日本でやらなくてはい けなかった事を書きたいと思います。 留学を決意したものの、急な展開にどうしたらよいのかわからなかった私は、とにかくフリッツ とメールを頻繁に交わしました。(常に質問攻めでした...)私の場合、最終的に実技意外の試験 は免除されました。なので他の受験生より勉強面ではやらなければならないことが少なかったと は思いますが、どうしても避けれないのは語学の問題。急な話で留学まで時間がない。とにかく すぐに英会話学校へ通い始めました。また、テレビも日頃から英語番組を流しておいたり、映画 を字幕なしで、とちょっとしたことですが英語に慣れようとしていました。恥ずかしながら、胸 を張って英語が苦手です!と言い切れる程、私の英語能力は低いものでしたから。 結局のところ、こちらにきてからの1番の問題はこのことについてでした、しかし今は生活し、 友達と会話するほどに上達しました。(とはいってもまだまだですが。。。) もちろん語学以外にしなくてはいけない手続きはありました。

留学する国によって手続きは変わっ てしまいますが、 [オランダへの留学に必要な手続き] アポスティーユ証明をもらうため戸籍の発行、そして外務省へ。生命保険の加入。海外へいって しまうわけなので日本での住所変更。(パスポートは持っていました。) そして
[受験に関しての資料] 願書、大学に通えるだけの銀行残高証明書、卒業証明書、大学で取得した科目証明。(ちなみに すべて英語バージョンを作成してもらわなければならないので時間がかかりました。)と様々。 目が回りました。FROM NEDERLANDという手紙が来る度に、今度はなんだ?何をしなくちゃいけないんだ?と内心開封を怖 がっていたのを覚えています。 卒業後やる事は他にもたくさんあったので、こんなに大変な事をしなくちゃいけないのか...と 思うたび、留学への気持ちが薄れてしまうのでした。しかし、将来の自分のために、わがままを いって親を説得し、行きたいという意思を固めたのも自分。もう後戻りはできない。という気持 ちが私を後押ししました。 あのころの私にとっては日本語を使わない、という未知の作業だったので人に聞いて、確認して、 とぎりぎりまで必死にパソコンに向かって何か不備があるのではないか、とはらはらしていまし た。協力いただいたたくさんの方には感謝でいっぱいです。同時に、ひとつ、またひとつと手続 きを終えるたび、日本を離れるカウントダウンが始まっていることを実感して寂しくなりました。 留学をしたいという方に、(留学をする前のことに関して)私がお教えできるのは、手続きには時 間と労力が必要だということです。この手続きの為に私の両親は実家のある高知で、何度も市役 所や銀行へ足を運んでくれました。東京で暮らしていた私は電話でOOが必要だと親にいうのです が、人伝いではうまく伝わらないもので。かなり手こずったのを覚えています。

 

 

あと、お薦めするのは一度現地を訪れておく事。私の場合正式な合格発表は6月だったのですが、 5月に視察ということでアムステルダムへ旅行に行きました。旅行といっても、5日間のうちレッ スンを3回していただいたので、観光らしいことは何もできませんでしたが...。(もう少し長い 予定でいくべきでした。)しかし行って本当によかったと思います。一度現地の空気に触れてお いたおかげで、自分の将来に現実味が出、交通機関にも抵抗がなくなりました。 なにもかも違う世界。こんな所で生活をするのかと思うとわくわくが止まりませんでしたね。 写真は大学の練習室から撮ったものと、大学の前にあるフラワーショップです

 

 

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