留学生だより

下倉楽器のマスタークラス受講生が、続々と留学しています。
海外でのレッスン風景や暮らしぶりなど、皆さんに紹介していきます。



松木亜希   
パート1(2008年3月) パート2(2008年4月) パート3(2008年5月)パート4(2008年6月)パート5(2008年8月)

 

 

 





今回、マスタークリニック受講生の 松木亜希さんから 遠く離れた、オランダのアムステルダムからうれしいメールをいただきました。 皆さんにご紹介したいと思います。

 

 



フリッツ・ダムロウ マスタークラス公開クリニックレポートはコチラ。

下倉楽器さんで初めてフリッツのレッスンを受けたのは 2006年11月29日でした。
それまでにも下倉楽器さんで 外国人プレイヤーのレッスンを受けさせていただいていましたが、 このフリッツのレッスンで最後になりました。 このレッスンがきっかけで 私は今アムステルダムからメールを 送っているからです。



在学中から進路については考えていました。 留学して、ゆくゆくオーケストラに所属。これは私の中で夢.理想でした。

留学とひとことにいっても まずどこから手をつけなくてはいけないのか わからない。 そして半ば、現状に満足している自分がいたからです。
そんな私の運命を変えたのはフリッツとの出会いでした。

 

このレッスンの後、 下倉楽器さんから、 フリッツが私の演奏を気に入ってくれ、 「アムステルダムに来ないか?」と誘ってくれているとの連絡を受けました。耳を疑いました。嬉しくて親に電話しました。

しかし親には、
「外人はみんな褒めるから あまり期待しないでおきなさい」
と釘をうたれたのでした。

でも、もしこれがきっかけで留学ができるとしたら。
夢が現実になるかもしれない。

 

フリッツがまだ日本で リサイタルをするという情報をいただいた私は、 通訳の佐塚さんに助けてもらい、 直接フリッツに留学についてきくことにしました。



リサイタル後、 フリッツと (とはいっても英語は苦手だったので 佐塚さんに全ておまかせしてしまいました) 話した後も なんだか自分が留学するということが 想像できませんでした。それに、これまで外人と話した経験もなかった私。

どこまで彼が本気なのか わからなかったからというのも理由のひとつです。

 

しかし 再度、佐塚さん、そして下倉楽器の方とお話をし、やってみよう!と決心したのでした。 もし留学していなかったら、途中で諦めていたら、私は現実と向き合うことから 逃げ続けていたにちがいありません。

改めて、佐塚さん、下倉楽器さん、そしてフリッツ、在学4年間、私を導いてくださり、最後に背中をおしてくださった橋本先生、支えてくださったみなさんに感謝したいです。

 

                                                        パート2(2008年4月)