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今回、マスタークリニック受講生の 松木亜希さんから 遠く離れた、オランダのアムステルダムからうれしいメールをいただきました。 皆さんにご紹介したいと思います。

フリッツ・ダムロウ マスタークラス公開クリニックレポートはコチラ。
下倉楽器さんで初めてフリッツのレッスンを受けたのは 2006年11月29日でした。
それまでにも下倉楽器さんで 外国人プレイヤーのレッスンを受けさせていただいていましたが、 このフリッツのレッスンで最後になりました。 このレッスンがきっかけで 私は今アムステルダムからメールを 送っているからです。
在学中から進路については考えていました。 留学して、ゆくゆくオーケストラに所属。これは私の中で夢.理想でした。
留学とひとことにいっても まずどこから手をつけなくてはいけないのか わからない。
そして半ば、現状に満足している自分がいたからです。
そんな私の運命を変えたのはフリッツとの出会いでした。
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このレッスンの後、 下倉楽器さんから、 フリッツが私の演奏を気に入ってくれ、 「アムステルダムに来ないか?」と誘ってくれているとの連絡を受けました。耳を疑いました。嬉しくて親に電話しました。
しかし親には、
「外人はみんな褒めるから あまり期待しないでおきなさい」
と釘をうたれたのでした。
でも、もしこれがきっかけで留学ができるとしたら。
夢が現実になるかもしれない。
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フリッツがまだ日本で リサイタルをするという情報をいただいた私は、
通訳の佐塚さんに助けてもらい、 直接フリッツに留学についてきくことにしました。
リサイタル後、 フリッツと (とはいっても英語は苦手だったので 佐塚さんに全ておまかせしてしまいました) 話した後も なんだか自分が留学するということが 想像できませんでした。それに、これまで外人と話した経験もなかった私。
どこまで彼が本気なのか わからなかったからというのも理由のひとつです。
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しかし 再度、佐塚さん、そして下倉楽器の方とお話をし、やってみよう!と決心したのでした。
もし留学していなかったら、途中で諦めていたら、私は現実と向き合うことから 逃げ続けていたにちがいありません。
改めて、佐塚さん、下倉楽器さん、そしてフリッツ、在学4年間、私を導いてくださり、最後に背中をおしてくださった橋本先生、支えてくださったみなさんに感謝したいです。
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